地域政党「あたらしい党」の代表を交替しました

こんにちは!中央区議会議員の高橋元気です。

この度、私が所属する地域政党あたらしい党の党員総会が開催され、

私は代表を任期満了で退任し、新代表に宮本舜馬荒川区議が選任されましたことをご報告致します。

代表に就任してから約2年半、お支え頂いた党員の皆様、特別党員の皆様、支援者の皆様には心より感謝を申し上げます。



振り返れば、あたらしい党は現日本維新の会の音喜多駿参議院議員が2018年10月に設立しました。

元々前代表とも面識のあった私は、この政党との出会いこそが様々な紆余曲折を経て、政治の道を志したいと決意を固めた切っ掛けでもありました。

あたらしい党の理念は、今まであたりまえのように諦めてしまっていた政治を変えること、それも地方から変えて実現すること

特に今まで政治に接点がなかったような、若者女性多様な人材を政治の世界に送り込み、目に見える改革を各地で実現することです。

また、日本初のクラウドファンディング、オンラインサロンでの党運営を主体とする政党でありました。

国政政党の争いに左右されないニュートラルな地域政党であるから実現出来る政治があると信じ、その理念に共感し、参加しました。

当時の結党大会も物凄い盛況に。。。

2019年の統一地方選挙を経て、10人以上候補者もいましたが、新人併せて9人の議員が誕生し、東京の地域政党としては最大規模のスタートを切りました。

ところがまさかの音喜多代表の北区長選挙落選により、いきなり党運営はピンチとなります。

ご本人も大変な人生の決断を迫られたと思いますが、国政政党である日本維新の会から公認を受け、参議院議員となりました。

結果、代表が日本維新の会とあたらしい党の二重党籍を持つという状況となりました。

そうなると、初めの方はうまくいっていましたが、次第に日本維新の会とあたらしい党の関係性を問われ、残念ながら話が違うと党内から離党者も続出してしまう流れとなりました。

そのこと自体は仕方なかったと思います。

あたらしい党は常に自らをアップデートさせるアジャイル政党である、柔軟さが売りです。しかしながら、結党当初の理念とずれてきてしまっていたのは事実です。

私は当初は政調会長として、次に幹事長として、この問題、政党と政党の中間で代表とメンバー間の意見の調整をしていました。

約2年が経ち、そのひずみはいよいよ大きくなります。

私自身、幹事長として全権を担っていた2021年1月の千代田区議会議員補欠選挙における不祥事の責任を取り、幹事長を辞する考えを伝えました。

そこで音喜多代表本人も辞する考えを示されました。

2つの政党間のイザコザも相当本人にストレスがあったのだと思いますし、日本維新の会の中で上がっていくためには、どこかの段階であたらしい党の存在は足枷になります。

ですが、誰も新代表として手を挙げない中、そこで本人からの意見として出されたのが、党の解散(サークルへの移行でした)

つまり、あたらしい党は=音喜多前代表がクラウドファンディングを主導し作った政党であり、音喜多ファンクラブのようなもの、だから自分が抜けるのであれば解体するのが自然である。という主張でした。


他メンバーが沈黙する中、自分も悩みました。

確かに音喜多前代表という存在が集めた政党、そうかもしれないが、選挙で当選をさせて貰い、自分にもそして他の議員にも、地域であたらしい党を応援してくれた人、期待してくれた人達がいる私に期待して、支援してくれた方々がいる。その人達の存在を無視するのか?政党間の争いの結果、党の都合だけで勝手に解散すること、それが本当に我々が当初望んでいた政治の世界なのか?と。



唯一、私だけが前代表と対立し、自分が代表をやって党を存続させると啖呵を切りました。

え、、自分で作った政党を自分で投げ出すのかい・・・と思う部分はありましたが、全て自分の責任と覚悟で受け継ぐと決めました。



自分がこの党を守る絶対に潰させないと決めました。

結果、2021年3月に新代表に就任致しました。

とはいえ、相当な覚悟は必要だろうとは思っていました。

まず、あたらしい党としての事務作業は全て音喜多事務所のスタッフが担当しており、その全員が抜けたため、収支報告会計、広報やその他全ての事務作業私1人でやることを決めました。これはやらざるを得なかった。

その後、スタッフも増やしましたが、今でもほとんどの事務作業を私がやっています

他党との様々な調整も必要です。

そして、必ず前代表と比較されるだろうということ、むしろ格が違い過ぎて比較すらされないでしょう。

予想通り、党員は半分ほどまで減少しました。その責任ももちろん問われます。

ガンガン人がいなくなる悲しみ・・・

でも彼ほどのカリスマ性がなかったとしても、自分が党の顔として、引っ張らなくてはならない。そうであれば、少なくとも前代表に活動量で近づく。毎日ブログを更新しSNSもガンガンやる、YOUTUBEもチャンネルを活用するなど。

それはもちろん中央区議会議員としての仕事にも活きます。フォロワー数も投稿数も中央区議会議員の中でNo.1となりました。

党運営としても、よりオープンにするため、オンライン執行会議は党員の方も自由に参加し、フルオープンに。

また、自ら教材を作り講師を招いてあたらしい党選挙対策講座を開くなど、自分が出来る事をやりたいと思いました。


そして心掛けたのは、政党として舐められないこと

あたらしい党って維新に吸収されたんでしょ?一緒になればいいんじゃない?ともよく言われました。

その度に、うちは地域政党であり、どの国政政党にもなびかない。全政党が友党であり、政策的に是々非々で対峙する。と答えます。

敢えて距離を取りました。

全国政政党に要望書を提出するなど、与党野党を問わず、超党派で地域の声を届けることを重要としてきました。



正直、自分は今の状況から考えれば、自分のミッションは一貫して政党を存続させること。党勢拡大よりも、現在の議員が確実に力をつけ、全員が当選すること、であると思っていました。

拡大を急ぐよりも、まずは党の基盤を固めるべきであると思っていました。

そして、本年の統一地方選挙においては、

新人の高橋えりかさん含めて全員当選!!!そして全員が前期から票を伸ばしての上位当選達成です。



ほっとしましたし、この瞬間、党の存続は大丈夫である、と思いました。

何故なら、前回の選挙はあたらしい党というよりも、音喜多前代表の人気で勝てた部分はあったかもしれない。けど、今回は違います。

恐らく、あたらしい党だから、という理由で投票してくれた訳ではありません。

その個人、個人がしっかりと4年間活動した成果です。

たぶん、私においても、高橋元気だから投票した。という方々がほとんどであると思います。

党の風に関係なく、それでも今回全員個人の力で勝ったのだから、恐らく安泰でしょう。

また、総会で会計報告も致しましたが、党の収支も黒字で極めて財政状況は安定しました。(前期は約100万円の黒字経営)

この素晴らしい党と仲間は、もう壊れることはない


だから、自分の役目も終わったのだと思いました。

もちろんこれからもあたらしい党は更に発展、拡大出来るでしょう。

でもそのバトンは次世代の仲間達が担うべきだと思いました。

あたらしい党はみんなで作ってきた政党です。

そして、各議員がそれぞれ力を持ち、何れは区長や国会議員になるぞと意識の高い議員たちです。

代表などの役職を色々なメンバーが経験することが、全員の成長に繋がります。自分がずっと居座り続けてはまた固定化してしまいます。

そしてそれぞれの色が出た結果、より多様性に溢れたカラフルな政党になるでしょう。

今回の統一地方選挙は全員100%の上位当選率を誇り、この人数を抱える地域政党東京に他にありますか??

頑張れ、あたらしい党の仲間達!!

前半色々言いましたが、音喜多前代表とは今でも何かあった時に相談していますし、尊敬しています。

今や国政政党の政調会長としてのご活躍、明らかに一番汗をかき、仕事をしている国会議員です。

2年半前の当時は恐らく前代表、あたらしい党それぞれにとって最良の選択であったのだと思います。

また、お陰で自分自身、様々な経験を経て成長したと思います。

改めて、この2年半、そして結党から約5年間、支え続けてくれた方々、関係者の皆様に心から感謝致します。

私はこれからは党の裏方に回ります。

肩の荷は少し降りましたが、中央区議会かがやき中央の幹事長やその他団体の活動も更に責任は重くなってくると思いますので、より一層精力的に活動したいと思います。



長くなりましたが、それでは!!

引き続き、あたらしい党をよろしくお願い致します!!

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